魔女を取り上げたゴシックホラー『ウィッチ』(15)、孤島の灯台が舞台のスリラー『ライトハウス』(19)と、時代ものでカルト的人気を博してきたロバート・エガース監督。長編第3作『ノースマン 導かれし復讐者』は、北欧に伝わる“アムレート伝説”にもとづいたヒロイックな復讐譚です。キャスティング、時代考証、脚本、シェイクスピア……細やかな創作背景について聞きます。
映画『ノースマン 導かれし復讐者』ロバート・エガース監督が具現化した中世北欧のマチズモ。「復讐なんて人生の浪費…」

──今作は10世紀初頭の北欧を舞台にした、若き王子アムレート(アレクサンダー・スカルスガルド)の復讐譚です。北欧の神話やアイスランドの英雄物語、ヴァイキング伝説をベースにしているそうですが、監督は当初それらにあまり興味なかったとか。
マッチョなステレオタイプや右翼のイメージがあって、興味が湧きませんでした。でも、妻と一緒にアイスランドを旅したら、景色が驚くほど美しくて。旅をきっかけに、妻が勧めてくれたアイスランドの古い英雄物語を読んでみる気になったんです。
──主演のアレクサンダーは、10年以上前からヴァイキング映画を作りたいと熱望してきたと聞いています。エガース監督に出会ったことで、長年の夢がようやく動き出したと。
今作で、アレクサンダーは間違いなくキャリア最高の演技を見せています。子どもの頃から持っていた、ヴァイキングへの情熱がスクリーンに反映されていて。本人は優しくて面白い人なんですが、劇中では真逆のキャラクターを演じてみせたんです。つまり、それだけ本気だったということ。感心しました。
──道化ヘイミル役のウィレム・デフォーと、アムレートと親しくなる白樺の森のオルガ役のアニャ・テイラー=ジョイは当て書きとのこと。監督はウィレムとは『ライトハウス』(19)、アニャとは『ウィッチ』(15)で、すでに一緒に仕事をしています。
ウィレムを除いて、「宮廷の道化師」と「秘められた知識の番人」を同時にこなせる人はいません。彼がいてくれて助かりました。それから、ヴァイキング時代は女性にとって楽な時代ではなかったですが、魔女になるにはいい時代でした。だから、(『ウィッチ』でも魔女を演じた)アニャはこの時代にぴったり。彼女のパフォーマーとしての資質からも、パワフルな女性である魔女を演じるのは理にかなっていると思うので。
──今作は3人の歴史家が監修していますが、「これまでで一番、ヴァイキングの生活を史実に忠実に描いた映画」と太鼓判を押しています。時代考証に力を入れるのはなぜですか?
シンプルに楽しいからです。でも、1000年前の時代考証って本当に難しくて。100%正確であることは不可能だと、もちろん分かってはいるんですが、僕らはそれを目指しました。少なくとも学説には従おうと。すると取捨選択の必要がなくなり、かえって効率的なんです。その分ディティールに注力でき、より没入感のある世界を作ることができます。
──アムレートの父・オーヴァンディル王役のイーサン・ホークは「あまりに世界観がリアルなので、楽に演じられた」と話していました。史実に忠実に作り込むことが、俳優に与える影響についてはどう考えますか?
徹底的な作り込みは、基本的には観客のためです。でも、俳優が演技により集中できるようになるのも確かです。なんたってグリーンスクリーンがないんですから。ウィレムは「“寒さで鼻が赤くなる演技”はできないからね」と言い表していましたが(笑)。
衣裳一つとっても、コスチュームデザイナーのリンダ(・ミューア)と密接に協力しています。イーサンが見るからに豪勢な毛皮を身にまとい、いくつもの指輪をはめ、精巧に作り込まれたヘルメットをかぶれば、自然と王様の気分になるでしょう。逆にアニャはジャガイモの収穫袋みたいなボロを着て、靴さえ履かせてもらえない。そんなの、奴隷の気持ちにならざるをえません(笑)。
──監督の映像作りの特徴の一つに、あえての「見えづらさ」があると思います。今回もカメラを1台のみに限定したことや、揺らめく火の明かり、霧や蒸気などにより、その感覚が表れています。なぜあえて「見えづらい映像作り」を選択するんでしょうか?
全部見えてしまうと謎がない。謎がなければ、緊張感もない。緊張感がなければ、いいストーリーテリングはできません。チボ(*アカデミー撮影賞を3回受賞した、撮影監督のエマニュエル・ルベツキの愛称)は、ALEXA 65(*2015年リリースのデジタルシネマカメラ。人間の視野に近いリアルな遠近感が特徴で、『ジョーカー』『パラサイト 半地下の家族』(ともに19)でも使われている)に興奮し、「(ALEXA 65が登場するまで)私たちは汚れた窓越しに映画を観ていたようなもの」というふうに話しました。でも、僕は「汚れた窓」が好きなんです。次の映画(*F.W.ムルナウ監督による名作映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』(22)のリメイク)では、もっとひどいことになりますよ(笑)。
──今作では、火の明かりの見せ方にも迫力がありました。
宮廷の中央に映る火は実際のものです。ただ、今回使ったフィルムは感度が低く、さらなる光量が必要でした。そこで、撮影監督のジェアリン(・ブラシュケ)のアイデアにより、ピラミッド型の巨大な照明を点滅させるなどして、明るさを足しています。照明はシーンの背景や感情を表現するのに大きな役割を果たします。全編を通して、当時存在したであろう光源を照明の参考にしましたが、微妙なムードを表現するのは難しかったです。でも、ジェアリンはそれを見事にやってのけたと思います。
──共同脚本のショーンは神話や伝説に精通し、『LAMB/ラム』(22)の脚本も手がけた、アイスランドを代表する作家です。ショーンとはどのように脚本を完成させましたか?
最初に僕が土台を書き、それをショーンに見せたところ、参加してもらえることに。2018年に、アイスランドに行って数日話し合い、のちに彼が書いてくれたあらすじに意見を戻しました。で、僕が『ライトハウス』を作っている間に、ショーンが今作の脚本の初稿を書き上げて。それを僕が修正し、何度もやりとりを重ねました。ときには1行のセリフを巡り、何通ものメールを送り合ったことも。自分たちが望む脚本になるよう試行錯誤したんです。
ポストプロダクションのときもアフレコに向けて、二人でセリフを書き加えました。僕は余分な撮影をしないので、リバースショット(*最初のカメラポジションに対して、反対側のポジションからのショット)に切り替えることができません。だから、あるキャラクターが映ったクローズアップに対し、その口の動きに合わせて新しいセリフを考えるなんてことがよくありました。「5音節で、2番目の音節に『S』を入れたセリフを考えよう!」とか言って(笑)。
──脚本について、監督から出したアイデアにはどういう点がありますか?
いろいろあります。ショーンは基本的に「ノー」とは言いませんから。ただ、僕にはシェイクスピア劇のバックグラウンドがあるので、ときどきセリフを詩的に書きすぎてしまうんです。すると、ショーンから「アイスランド人は素朴なんだから、これはやりすぎ」と突っ込まれて。あと、ショーンに「ラストは火山で、アムレートが宿敵と、裸になって剣を交えるシーンが必要だと思うんだけど、バカバカしいかな?」と聞いたら、「バカバカしいけど、バカバカしくないように作ろう」と答えてくれたのも覚えてます。
──アムレートの叔父で宿敵のフィヨルニルを演じたクレス・バングは、「シェイクスピアの『ハムレット』はアムレート伝説の心理的な側面を取り上げた。でも『ノースマン』はよりギリシア悲劇的で、登場人物の行動に基づいた物語」だと話していました。脚本を作る上で、『ハムレット』をある種の対抗軸として、意識はしていましたか?
今作のもとになった北欧に伝わるアムレート伝説は、シェイクスピアの『ハムレット』の原型でもありますが、より神話的かつ行動志向的です。なぜなら、ヴァイキングの世界では復讐という概念が必要だったから。シェイクスピア劇の映画化はとても難しいと思います。うまくいった作品はほんの一握り。それは、映画とはイメージによるストーリーテリングだからです。シェイクスピアの作品は演劇ですから、セリフの中にイメージがあります。シェイクスピア映画の最高峰は、黒澤明の作品(*『マクベス』をもとにした『蜘蛛巣城』(57)と、『リア王』をもとにした『乱』(85))です。今回の映画を撮るにあたり、僕がシェイクスピアというより、黒澤によってブラッシュアップされたことは間違いないでしょう。
──もし今作にカタルシスがあるとすれば、アムレートが火山で復讐を果たす瞬間だと思いますが、どこかモヤモヤとした気持ちも残ります。監督の考えでは、この映画に「カタルシス」はありますか?
うーん……、あるとは思います。もし(あえてカタルシスを排除したような映画作りで知られる)デヴィッド・リンチやルイス・ブニュエルが、僕がこんなことを声高に言うのを聞いたら決まりが悪いだろうけど……。というのは、アムレート自身はあのラストをハッピーエンドだと捉えていると思うんです。でも僕個人としては、復讐のために生きるなんて、人生の浪費だと思わずにいられません。さっき「ラストにどこかモヤモヤした」と言ってくれましたよね? 映画に自分の判断は入れないようにしているのですが、望むと望まざるとにかかわらず、作者の意図は明らかになるものなんでしょうね。
『ノースマン 導かれし復讐者』
若き王子アムレートは、父である国王オーヴァンディルを叔父フィヨルニルに殺害され、母であるグートルン王妃も誘拐された。アムレートは、父の復讐と母の救出を誓い、たった一人ボートで島を脱出する。数年後、怒りに燃えるアムレートは、東ヨーロッパ各地で略奪を繰り返す獰猛なヴァイキング戦士の一員となっていた。ある日、預言者と出会い己の運命と使命を思い出す。奴隷に変装したアムレートは、親しくなった白樺の森のオルガたちと共にフィヨルニルが経営している農場があるアイスランドを目指す──。
監督: ロバート・エガース
脚本: ロバート・エガース、ショーン
出演: アレクサンダー・スカルスガルド、ニコール・キッドマン、クレス・バング、アニャ・テイラー=ジョイ、イーサン・ホーク、ビョーク、ウィレム・デフォー
配給: パルコ、ユニバーサル映画
2021年/アメリカ/137分/カラー/シネマスコープ/英語・古ノルド語/原題:The Northman
2023年1月20日金曜全国公開
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Robert Eggers
1983年生まれ、米ニューハンプシャー州出身。ブルックリンを拠点に活動する脚本家、映画監督。NYの劇場で演出やデザインを手掛け、次第に短編映画や、映画のデザイナー、テレビ、出版、劇場やダンスなどの分野でも活躍するようになる。アニャ・テイラー=ジョイを主演に迎えた『ウィッチ』(15)で監督&脚本を務めて長編映画デビュー。同年のサンダンス映画祭でプレミア上映され、監督賞を受賞、批評家からも大絶賛を浴びた。また、インディペンデント・スピリット賞で第1回作品賞、脚本賞をW受賞。続く『ライトハウス』(19)は、カンヌ国際映画祭国際映画批評家連盟賞(批評家週間・監督週間)に輝いたほか、米アカデミー賞、英国アカデミー賞の撮影賞にもノミネートされた。次回作としてF.W.ムルナウの『吸血鬼ノスフェラトゥ』(22)のリメイク企画が進行中。ビル・スカルスガルド、リリー=ローズ・デップ、ニコラス・ホルトらが出演するとされている。
Photo ©️ Giulia Parmigiani
Text&Edit: Milli Kawaguchi