19世紀末のイギリスで大人気を博した“ネコ画家”、ルイス・ウェインの人生を映画化した『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』。それまでネズミの退治屋か不吉な存在でしかなかった猫の魅力を最初に発見した、風変わりで心優しいルイスをベネディクト・カンバーバッチが演じます。監督は、俳優としても活躍する日系イギリス人のウィル・シャープ。目指したのは、観客に当時のアウトサイダーの気持ちを追体験させることだったそうです。
映画『ルイス・ウェイン』は「はみ出し者の気持ちを追体験するエンパシーのレッスン」。ウィル・シャープ監督インタビュー

──本作は、猫の魅力を最初に発見した画家であるルイス・ウェインの伝記映画です。見どころの一つは、サイケデリックな映像。風景の色が次々に移り変わったり、猫の顔が万華鏡のように浮かんでは消えたり。ああいう映像表現にした理由を教えてください。
ルイスの絵から影響を受けています。今言ってくれたように、彼は「万華鏡猫」と呼ばれる一連のサイケデリックな作品で知られていますが、一方で目を見張るように美しい不思議な風景画を描いてもいて。一見普通の風景なのに、よく見ると色が鮮やかでシュルレアリスティックなんです。遊び心にあふれた猫の絵も含め、ルイスの作品はすべて、彼の心をのぞく窓だという気がします。そのことをふまえ、一風変わった映像表現を採用することで、彼のようにユニークな人が、19世紀末という保守的な時代に生きるとどんな心地がするのか、観客が想像できるようにしたいと思いました。エンパシーのレッスンというか、観客をルイスとの旅に連れ出そうとしたんです。
──共同脚本・監督を務めたミニシリーズ『ランドスケーパーズ 秘密の庭』(21)でも、まるで悪夢を見ているかのような映像表現を取り入れていましたね。幻想的な映像表現と、社会におけるはみ出し者を描くことの間に相関関係はありますか?
両作とも撮影監督はエリック・ウィルソンで、僕らは登場人物の心理を生き生きと表現できる表現を追求してきました。面白いことに、『ランドスケーパーズ』に参加し始めたとき、前作の『ルイス・ウェイン』とはまったく種類が違うプロジェクトだと思っていて。かたや実話をもとにした心理スリラーで、かたや時代ものの伝記映画ですから。でも後になって、どちらもアウトサイダーの姿を追い、彼らの視点から世界を理解しようとしていることに気づきました。だから、映像表現に通じるところがあるのは当然だと思います。
──もしかして、音楽も同じ考えにもとづいているのでしょうか? テルミンやミュージカルソーなどの、波打つような音がとても印象に残りました。
音楽を担当したのは弟のアーサー・シャープです。彼は早い段階からシンセサイザーは使わないと決めていたみたいで。よりオーガニックな楽器で、英語版のタイトル『The Electrical Life of Louis Wain』にある、Electrical=電気的な感覚を生み出そうとしました(※ルイスは独自の夢想的な視点から科学、特に電気に魅了されていた)。テルミンやミュージカルソーはSF風な、あるいはエキセントリックな楽器と思われていますが、この映画では愛のテーマを奏でるなど、エモーショナルな使われ方をしています。こういう珍しい楽器がアンサンブルをリードし、登場人物の感情を伝えるのを許されていることがなんだか楽しくて。ルイスは当時、奇人変人だと片付けられていたけど、実際には人一倍感受性豊かな人間だったことと似ていますよね。
──音楽関連で言うと、ミュージシャンのニック・ケイヴがカメオ出演しているのに驚きました。
ニック・ケイヴは作家のH.G.ウェルズを演じています。その登場シーンは、ルイスにとって大きな瞬間です。長い間、自分を世間から忘れ去られた存在だと感じていた彼が、ウェルズのような有名人を含め、何千人もの大衆に支持されていることに気づくんです。ルイスがラジオでウェルズの声を聞いて興奮したように、観客が興奮するようなキャスティングをしたくて。その上で、なんらかプロジェクトとつながりのある俳優が必要だと思っていたところ、ニックがルイスの熱烈なファンを公言していると知りました。突然のオファーに「イエス」と言ってもらえて、僕自身もびっくりしたんです。
──劇中のルイスは歩き方、泳ぎ方、絵の描き方などのどれ一つとっても、どこか人と違うのが分かります。ルイスを演じたベネディクト・カンバーバッチとは、身体的なアプローチについてどんな話をしましたか?
ルイスがどのように動き、その動作が年を重ねるにつれ、どう変わっていくのか。そのことについてベネディクトとは、ムーヴメント・コレオグラファーも加えてかなり話し合いました。動作の多くはリサーチに基づいています。たとえば、ルイスはアーティスト仲間とのパーティで、即興で奇妙なダンスをするのが好きだったとか。ベネディクトは熱心に準備をしてくれました。ルイスのあらゆる側面に、細部にわたって集中し、すっかりなりきろうとしていたんです。綿密な準備があるからこそ、撮影現場では本能的に演じることができるんだと思います。彼との仕事からは多くの学びがありました。
──監督はカンバーバッチや、オリヴィア・コールマンといった才能豊かな俳優たちと仕事をしてきました。彼らに共通する名優の条件はありますか?
いい質問ですね。僕が好きな俳優は、「光」と「闇」のバランスをとることができ、ドラマ性と同様にユーモアも持ち合わせています。また、感情的な弱さを見せることができる勇気も共通しているかもしれません。たくさんの素晴らしい俳優たちと仕事ができることを、とてもラッキーに思っています。
──監督も俳優でもあり、2020年の英国アカデミー賞ではシリーズ『Giri/Haji』(19)の男娼役で、テレビ部門の助演男優賞を受賞しています。監督を続けることで、自分の演技が変わってきた部分はありますか?
監督として俳優の仕事ぶりを見ていると、彼らが本当に楽しんでいるように、あるいは「本当の流れ」の中にいるように感じるとき、インスピレーションが湧くんです。でも、撮影より編集の方が、さらに学びが大きいかもしれません。特に、監督だけでなく出演もした作品の場合、編集を通して自分の演技のクセに気づくことがあります。たとえば、現場ではゆっくり演じたつもりだったのに、編集で観返すと実はかなり速かったとか。具体的にどこが変わったとは言えませんが、監督業による演技への影響はあると思います。
──監督はイギリス人の父と日本人の母を持ち、8歳までは日本で育ったそうですね。以前のインタビューでは、子どもの頃は『Mr.ビーン』のほか、日本のコントも好きだったと話していました。具体的に何が好きでしたか?
(途中まで日本語で)志村けんの『バカ殿』とか、とんねるず。ウッチャンナンチャン、ダウンタウン。『スマスマ』も観たかな、たまに。あとは、『古畑任三郎』(94〜06)。(西村まさ彦演じる)今泉が面白くて好きでした。イギリスに引っ越してから、母の実家から日本のテレビ番組を録画したVHSが送られてくることがあって。母と一緒に『ロングバケーション』(96)を全部観たのを覚えてます。
──今の仕事に役立っていると思いますか?
監督・脚本・出演を担当した『Flowers(原題)』(16〜18)というシリーズで、僕はイギリスに移住した日本人の役を演じているんですが、さっき挙げたような日本のコントのパフォーマンススタイルやリズムを取り入れてみたんです。大人になった今はどちらかというと、是枝裕和監督の作品や、濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』(21)などに惹かれます。でも、子どもの頃に観ていた日本のコメディからは、今も間違いなくどこかで影響を受け続けていると思います。
『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』
イギリスの上流階級に生まれ、父亡き後、一家を支えるためにイラストレーターとして活躍するルイス。妹の家庭教師エミリーと恋に落ちた彼は、大反対する周囲の声を押し切り結婚するが、まもなくエミリーは末期ガンを宣告される。庭に迷い込んだ子猫にピーターと名づけ、エミリーのために彼の絵を描き始めるルイス。深い絆で結ばれた“3人”は、残された一日一日を慈しむように大切に過ごすが、ついにエミリーがこの世を去る日が訪れる。以来、ピーターを心の友とし、ネコの絵を猛然と描き続け大成功を手にしたルイスだった。しかし、次第にルイスは精神的に不安定となり、奇行が目立つようになる。やがて「どんなに悲しくても描き続けて」というエミリーの言葉の本当の意味を知る──。
監督・脚本: ウィル・シャープ
原案・脚本: サイモン・スティーブンソン
出演: ベネディクト・カンバーバッチ、クレア・フォイ、アンドレア・ライズボロー、トビー・ジョーンズ andオリヴィア・コールマン(ナレーション)
配給: キノフィルムズ
2021年/イギリス/5.1ch/カラー/スタンダード/111分/原題:The Electrical Life of Louis Wain
12月1日(木)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
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ウィル・シャープ
1986年生まれ、イギリス・ロンドン出身。イギリス人の父と日本人の母のもとに生まれ、8歳まで日本で育つ。ケンブリッジ大学を卒業後、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーに参加。脚本を手掛け、トム・キングスリーと共同監督した映画『Black Pond(原題)』(11)で、英国アカデミー賞アウトスタンディング・デビュー賞、英国インディペンデント映画賞にノミネート。さらに二人は、ヴァラエティ誌の注目すべきヨーロッパの監督トップ10に選ばれたほか、イヴニング・スタンダード・フィルム・アワードの新人賞を獲得し、ウィルは脚本家組合賞のベスト・ファースト・フィーチャー賞にノミネート。彼を一躍有名にしたのは、脚本・監督を務め、オリヴィア・コールマンと共演したシリーズ『Flowers(原題)』(16〜18)。共同脚本・監督を手掛けたミニシリーズ『ランドスケーパーズ 秘密の庭』(21)にもコールマンは出演している。俳優としては、英国アカデミー賞テレビ部門の助演男優賞を受賞したシリーズ『Giri/Haji』(19)や、『Defending the Guilty(原題)』(18〜19)、『ホワイト・ロータス/諸事情だらけのリゾートホテル』(21〜)のシーズン2などに出演。
Text&Edit: Milli Kawaguchi