クォーター・ライフ・クライシス。それは、人生の4分の1を過ぎた20代後半〜30代前半のころに訪れがちな、幸福の低迷期を表す言葉だ。28歳の家入レオさんもそれを実感し、揺らいでいる。「自分をごまかさないで、正直に生きたい」家入さん自身が今感じる心の内面を丁寧にすくった連載エッセイ。前回はvol.84たぶん、ブスではない ニューアルバムについてのインタビューはこちら
家入レオ「言葉は目に見えないファッション」vol.85
心で流す汗

vol.85 心で流す汗
北海道・札幌でのライブを終え乗り込んだハイエースで向かったのは苫小牧西港フェリーターミナル。25時30分発のフェリーに乗って、茨城・大洗に降り立つのは19時30分。フェリー宿泊約18時間の旅。思わず「そこから東京まで車で2時間…」と考えそうになり、目を瞑り頭を小さく横に振った。「今はこの幸せを噛み締めよう」キャリーバックを置き、肩からリュックを下ろしこの4人部屋のベットに辿り着けた喜びを…。それにマネージャーの彼女はまだ乗船車駐車場の列に並んでいるはずだ。長時間の運転後なのに、なんとありがたいことだろう。ふと視線を感じ顔を上げるとライブ制作の女性スタッフが笑顔で「4人部屋を私たち3人だけで使って良いと言われました!」と本当に嬉しそうに報告してくれて、やったーー!と手を取り合う。スマホで時刻を確認すると出航までにまだ時間がある。お言葉に甘えて先に展望浴場&サウナに行かせていただくことに。
生まれてこの方、お風呂なんてもう何千回入ってきたか分からないけれど大海原を眺めながらの入浴はこれがはじめてだった。と言いつつ窓の向こうは真っ暗闇。絶景も何もなかったのだけど、それでもお風呂の湯がこんなに身体と心にしみわたったのはいつぶりだろう、というくらい特別なものになり。乾ききっていない髪をタオルで押さえながら、さっぱりとした気持ちで客室に戻ると、同じ背格好の2人がくるりとこちらを仰ぎ見る格好で「私たちもお風呂行ってきて良いですか?」と。「わ!すみません!もちろんです!!」と全力で恐縮すると、2人は笑いながらタオルを抱えドアの向こうへ…「いってらっしゃーい」と見送りの言葉を口にしスマホを手に取ったところで、同い年のライブ制作スタッフが「あっ!」と声を上げ、私もそれに反応すると彼女が「もし待てなかった先に食べちゃってください」とお寿司が入った黒の折箱を指さした。「流石に待ってます!」と伝えると瞳で笑って頷いた。北海道のイベンターさんが「夜、船で何を食べたいですか?」と尋ねてくださり、リクエストしたお寿司。船に乗り込む前にサッポロのビールをコンビニで買っていた2人。そしてカップうどんを3つ買った。私たち3人の明日のお昼ご飯。冷蔵庫がないから自然と選ぶものも決まってくるのだけど、なんだかそれも楽しかった。
ハイエースと船で回る春の全国ツアー。はじめて提案された時は正直不安でいっぱいだった。楽器や機材の搬入や搬出もライブ会場が大きくなる後半までは全部自分たちで行う。私の前であっけらかんとした表情で「俺も一緒に回るし、ハイエース運転するからさー!」と事務所の社長に言われては、う〜ん、とも言えず、おずおず頷いたあの日。本当に知らないことがいっぱいあった。きっとまだまだ知らないことが沢山ある。でもそれを知れたから周りで生きている人を尊敬する、ということがどういうことなのか改めて分かった。
みんなで集合して、ハイエースに乗って、サービスエリアで運転を交代して、ライブ会場にやっと辿り着いて。辿り着いたとこからがスタート。それぞれがそれぞれの役割を果たし、ライブ準備をする。やっぱり大変で、時間もかかるし、でも、その倍楽しかった。響く毎日だった。秋ツアーで会うスタッフの皆さんに伝える「ありがとう」は今まで以上の意味がある。そして「どうせ私なんて」っていじけた、弱い、でも変に開き直った心で汗を流しながら、「やだ」「こわい」「待って、考えさせて」って不安に思うことこそ、本当は私が1番やってみたかったことだったんじゃないかなって気づいた。
最短ルートでゴールを目指してきた今までがあって、地道な半歩を積み重ねるこれからがある。色んな道があって、色んな生き方がある。私はこのツアーでちょっとハイエースで移動しただけに過ぎないし、そう思われて当然なんだけど、でも感じたことを記すのがエッセイだと思うから。もっともっと大きな会場でライブがしたい。そしてこの春ツアーで回った会場でもずっと歌い続けたい。そして大事なのは何で移動しても、私の瞳に映るお客さん、あなた、君さえ真っ直ぐ見つめていれば、それだけで良い。それだけが大事だと心から思う。
Text:Leo Ieiri Illustration:chii yasui