「自分をごまかさないで、正直に生きたい」家入さん自身が今感じる心の内面を丁寧にすくった連載エッセイ。前回は、vol.116 私の知らない間に。
家入レオ「言葉は目に見えないファッション」vol.117
母校の卒業式

vol.117 母校の卒業式
一六歳で上京するまで通っていた福岡にある中高一貫の女子校。中学一年生から高校一年生まで、合わせて四年間通った私の母校。中学校は卒業したけれど、高校は一年しか通えなかった。「音楽の為に上京したい。東京の芸能科に編入する」と父に電話で話したあの夜。「何の保証も約束もない東京に行って人生を棒に振るな」と激しく反対されたこと。それを振り切って上京したこと。父なりに私を想ってくれていたんだ、と後になって気づいたこと。そして「二〇二四年度 卒業証書授与式」の文字を読みながら、「高校だけは福岡で卒業してくれないか」と父に言われたことを晴天の空の下、今になって思い出していた。あれから一五年の月日が経っていた。心残り…とは違う。だけど添えなかった想いをこういう形で抱きしめる機会をいただけたことに深く感謝していた。人生の不思議に胸を馳せ空を見上げる。隣にいたマネージャーである彼女に「晴れて良かったねー!」と言うと、近くにいた別のスタッフが「花粉がーー!」と絶叫し、みんなで笑った。そう今日は、この日行われる卒業式の為に東京からやってきたのだ。素敵なテレビ企画。卒業式にサプライズで歌を届けにいく。それだけでも嬉しいのに、まさか母校の卒業式で歌を届けられる日が来るなんて、思いもよらなかった。
正門を通り、守衛さんに挨拶をしてから、高等学校の校舎に向かって歩いて行く。一歩一歩、噛み締めるように歩いてしまうのは、足を進める度心から漏れ出てしまう感嘆の声は、私がこの学校を後にしてからの月日と比例しているみたいだ。思い出の昇降口が見え、私は立ち止まり、大きく息を吐いた。「おはよう!」「また明日ね!」懐かしい級友たちの声が今にも聞こえてきそうで、思わず目を細める。私があの日この場所で見聞きしていた本当に何気ない、なんでもなかった景色や音が立ち上り風となり、サーっ吹き抜けて行った。「どうしてだろう」と心の中で呟く。何気ないものであればあるほど、どうしようもなく尊くなるってどうしてだろう。上履きを靴箱に仕舞う時に揺れていた二つ結び。ローファーの踵を踏み先生に怒られているバツの悪そうな顔。全部、全部、もう戻ってこない。もう戻ってこないんだな。これから立ち会わせていただく卒業生の皆さんの今この時も、同じように戻ってこない。その幸せと重みを感じながらステージに立って歌を歌った。だけど、卒業生の皆さんを見つめ、歌を歌い終わって、「だからか」と思った。私の母がいつか言っていた。「お母さんね、あなたを育てていると人生をもう一度生き直しているような気持ちになることがあるんだよね」って言葉。私は子育てをしたことはないけれど、人は愛する人に出会って、子供を授かり、産み、育てながら、我が子に自分の遠き日のことを重ねたりするんじゃないだろうか。卒業生の皆さんに自分を重ねながら、そんな母心をほんの少し、少しだけ思った。
Text_Leo Ieiri Illustration_Hagumi Morita