連続殺人事件の冤罪を暴くため、取材を進める恵那(長澤まさみ)と拓朗(眞栄田郷敦)。できあがったVTRは放送できるのか。『エルピスー希望、あるいは災いー』3話を、ドラマを愛するライター釣木文恵と漫画家オカヤイヅミが振り返ります(レビューはネタバレを含みます)。2話のレビューはこちら。
突っ走る恵那(長澤まさみ)『エルピス』3話。空気を読まない強さと正しいことを求める危うさ

拓朗にも劣らない恵那の「顔力」
「人の生きるところ必ず空気はあり、僕だってそれとは無縁でいられない」
弁護士の両親のもとに生まれ、母親に甘やかされて裕福に育ち、エリートの道を歩んできた岸本拓朗(眞栄田郷敦)の言葉だ。いじめを苦にして自殺していった仲間のことはすっかり忘れて順風満帆な人生を歩む同級生たちの前で「空気を読んで」なじむようにしてきた彼は、しかし浅川恵那(長澤まさみ)に言わせれば「空気を読まない」人らしい。
地方の刑事・平川(安井順平)に面と向かって冤罪の可能性をぶつける拓朗に対して「空気読めない人って強いよね、ああいう時」という恵那。けれど彼女はそれを怒ったり批判したりしているわけではない。連続殺人犯として死刑判決を受けている松本(片岡正二郎)を取り調べた担当警部・山下(谷川昭一郎)の取材の際には、「さくっと聞いて欲しかったのよ、空気読まない人に」と期待さえしている。
放送できる確信もないままに取材を続ける二人。やがて、恵那の手紙に救われたという被害者の姉・井上純夏(木竜麻生)と出会ったことで恵那は今まで以上に”正しいこと”に覚醒し、拓朗曰く「スピリチュアルな威厳さえ備え」て動き続ける。
1話で恵那が拓朗に対して「目力……」とつぶやいていたけれど、恵那の目力も相当のものじゃないか。というより顔だ。恵那の顔がアップになるたび、正しさを求めて突き進む恵那の表情に、不安によってひそめられる眉に、それがうまくいかなかったときの泣き顔に、心掴まれる。
「空気を読む」スタッフと、恵那の「空気を読まない」発言
取材VTRを見せた定例会議での、『フライデーボンボン』の中堅スタッフたちの振る舞いこそがまさに「空気を読む」というやつだ。10年間続いた予定調和を崩さないよう、少しでもリスクを冒すことがないよう、そそのことだけを命題に日々を過ごす中堅スタッフ陣。若手スタッフたちが心動かされ、思い切って会議で「やる価値はあると思います」と発言するような恵那のVTRを見ても、その保守的なスタンスは一切変わらない。ディレクター・名越(近藤公園)らの「山崎さん的にはどうですか」「なるほどですね」といった薄っぺらい言葉遣いからも、まっすぐにぶつかるわけではないけれどもなあなあでこのVTRを排除しようとする姿勢が見える。
そこで「もうそういうのよくないですか」と言い放つ恵那の発言は、まさに「空気を読まない」ものだ。雰囲気こそ軽さを失わないよう努めながらも「浅川さんが思ってるだけでしょ」「言うのは簡単」と反論する中堅スタッフたちに「何かおかしい」「番組の姿勢自体を見直すべき」と言い募る。ここで名越がこれまで一度も発言していない村井(岡部たかし)に話を差し向けたのは、当然村井がはねつけると期待してのことだ。しかし村井は、スマホをいじりながら、「どうせ誰も見てないって」と言いながら、「いいんじゃない?」と伝える。その判断に、村井のなかの「正しいこと」に対するセンサーが振れたのを誰もが感じたはずだ。
しかし、一度は見えた希望も、局長判断で「放送に適さない」と差し止められる。若手がグダグダ言っていたらプロデューサー判断に。プロデューサーが思いがけない判断をくだしたら、さらに局長判断に。自分では何も決めることなく、リスクを回避する方法だけに長けた名越の姿に、無力感を感じざるを得ない。「これからは正しいと思うことだけをやるの」とがむしゃらにVTRづくりに邁進していた恵那も心が折れてしまい、一度は”捨てた”はずの斎藤正一(鈴木亮平)に弱みを見せてしまう。ここでの恵那のなんということもない部屋着や、斎藤にかまわず吐く様子、そして泣き顔は、それまでのキリッとした姿とのギャップでよりくたびれて見えた。
ところで、3話で登場する新聞社の笹岡(池津祥子)や刑事の平川は、恵那を勢いづかせたり、空気を読まない拓朗を見せたりするのに確かに重要ではあるけれども、決して物語の中核を担う役割ではない。けれど、笹岡の服装、首元のスカーフ、眼鏡、その眼鏡の掛け方、こちらまでやってくるときの態度と動き、しゃべり方、スーツケースにたくさん荷物を入れるところ、その荷物の入れ方、デスクトップの汚さ、恵那に対する発言の少し失礼な感じ……。ほんの数分でその人となりが伝わってきた。平川のきれいな身なり、スマートなベストにシャツ、太いネクタイ、ペットボトルではなく水筒を持ち歩いていることからも、伝わってくるものがあった。こういう部分を達者な役者が演じ、そこに緻密な演出がほどこされていることに、このドラマの豊かさを感じる。
恵那たちが求める「正しさ」の危うさ
『フライデーボンボン』の放送日、恵那はゲリラ的にこっそりVTRを差し替え、自分たちのVTRを生放送にのせてしまう。拓朗の「浅川さんは、僕らみんなを置き去りに たった一人で正しさに突っ走っていってしまった」というナレーションに、とんでもないことが行われているのだと実感させられる。
VTRが放送できないと知ったときの拓朗の「正しいことがしたいな〜」という心の声は、本心だろう。けれども、事件を利用して自分の正しさを追求しようとする、自己中心的な欲望にも見える。正しいことをするのはとても大変だけれども、その分とても気持ちいいことだろう。誰にも相談することなく「正しさに突っ走っていって『しまった』」恵那の心にあったのも、この気持ちではなかったか。
けれど、正攻法では永遠に恵那たちのVTRが放送できなかったことも確かだ。誰がほんとうに「正しい」のだろう。
そういえば、突然現れた謎の男(瑛太)はいかにも怪しい。途中でないことにされた目撃証言「ロン毛の若い男」にも当てはまりそうだが、恵那はどう思っているのだろう。
脚本:渡辺あや
演出:大根仁、下田彦太、二宮孝平、北野隆
出演:長澤まさみ、眞栄田郷敦、鈴木亮平、三浦透子、三浦貴大 他
音楽:大友良英
プロデュース:佐野亜裕美、稲垣 護(クリエイティブプロデュース)
主題歌:Mirage Collective『Mirage』
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Writer 釣木文恵
ライター。名古屋出身。演劇、お笑いなどを中心にインタビューやレビューを執筆。
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